記事: 錫の歴史
錫の歴史
「柔らかくて、粋。錫のはなし」
金属といえば硬くて冷たいもの——そんなイメージを裏切るのが、錫(すず)です。指で少し力を加えるだけで曲がるほど柔らかく、手に取るとどこか温かみを感じる金属。日本では古くから、茶器や酒器、仏具など、日常と儀式の間をつなぐ「粋な道具」として使われてきました。
中でも興味深いのが、「錫器で飲む酒はまろやかになる」という伝承。江戸の通人たちは、わざわざ錫のちろり(酒器)で燗をつけて楽しんだとか。
錫はとても安定した金属で、お酒や水に溶け出すことはほとんどありません。味が変わるという話には科学的な裏付けがまだはっきりとはないものの、いくつかの研究では、においのもとになる成分などをほんのわずかに吸着する可能性も指摘されています。
また、錫は熱がすばやく伝わる性質があるので、温度の調整がしやすいのも魅力のひとつ。そんな特性が、お酒をより美味しく感じさせてくれる影響を与えるという意見もあります。
さらに、錫には「錫鳴き」と呼ばれる独特の音があります。
曲げたときに「キュッ」と鳴るこの音は、金属同士の結晶が擦れ合う音で、まるで錫が小声で話しかけてくるよう。他の金属ではあまり見られない珍しい現象です。
錫は控えめながらも、本当に不思議で魅力的な個性が詰まっている素材です。